「うちは社長も従業員数人の小さい会社だし、詐欺のターゲットになんてなるわけがない」
そう思っている経営者や経理担当者の方ほど、実は狙われやすい――そう聞くと、意外に感じるかもしれません。今回は、社長になりすましたメールや電話で企業から金銭をだまし取る「ニセ社長詐欺」と、そこに悪用され始めているAI音声クローン技術について、専門用語をかみ砕きながら整理します。
実際に何が起きているのか
まず、実際に何が起きているのかを押さえておきます。
警察庁のまとめによると、企業の社長になりすまして従業員にメールを送り、現金をだまし取る「ニセ社長詐欺」の被害額は、2026年1月から2月末までのわずか2か月間だけで全国で20億円余りにのぼりました。被害は大企業に限らず、保育園や病院、農協など、業種を問わず広がっています。
手口の典型的な流れは、警察庁のSOS47(特殊詐欺対策サイト)で次のように紹介されています。
- 経営者などになりすました人物から、ホームページなどで公開している会社のメールアドレス宛てにメールが届く
- 「新しいプロジェクトのため」などと業務を装い、SNSの新しいグループを作るよう指示され、振込権限を持つ担当者もそこに招き入れるよう求められる
- そのグループ内で法人口座の残高を答えさせたうえで、「事業資金が至急必要だ」などの名目で、指定した口座への送金を指示する
そして2026年7月には、こうした「ニセ社長詐欺」の手口に生成AIが悪用されている可能性がある、とNHKが報じています。文章だけでなく、音声・画像・動画まで自然に作れる生成AIによって、詐欺がより巧妙になってきているのです。
声そのものを偽装する「AI音声クローン」
特に警戒したいのが、声そのものをAIで複製する「音声クローン(ボイスクローニング)」の悪用です。
セキュリティ企業のMcAfeeが実施した調査では、わずか3秒程度の音声サンプルがあれば、約85%の精度で本人そっくりの声を複製できたと報告されています。SNSに投稿した動画や、会社説明会・取材で話した音声など、数秒分の「声のサンプル」は、実は誰でも比較的簡単に手に入れられてしまうということです。
セキュリティ企業のProofpointは、日本語で経営者の声を学習させたとみられる実例も報告しています。海外拠点の日本企業幹部に対し、社長の番号を装った電話で「M&Aの件で本日中に送金が必要」と緊急性を装って指示し、追ってそれらしい内容のメールも送りつけるという手口で、声のサンプルはわずか10〜15秒程度だったとされています。
海外に目を向けると、大手企業のビデオ会議に経営幹部そっくりのディープフェイク映像・音声が使われ、日本円で数十億円規模の資金が流出した事例も2024年に報じられています。「映像も声も本物にしか見えない・聞こえない」状態が、すでに技術的に作れてしまう時代になっている、というのが実情です。
なぜ中小企業のほうが狙われやすいのか
ここまでの事例だけを見ると、「大企業や有名企業が狙われる話」に思えるかもしれません。しかし、規模の小さい会社ほど、実は次のような理由で狙われやすい面があります。
- 社長の一声で物事が決まりやすい。 意思決定者が少ないぶん、「社長からの指示だから」という理由だけで、確認なしに送金や情報提供が実行されてしまいやすい構造があります
- ダブルチェックの仕組みがそもそもない。 経理担当が1人しかいない、あるいは他の業務と兼任している場合、「誰かに相談してから対応する」という発想自体が生まれにくくなります
- 確認の手順が明文化されていない。 「怪しい送金指示が来たらどうするか」というルールを事前に決めていない会社は、いざという場面で「本物っぽいから」という空気に流されてしまいがちです
- 経営者の「声」のサンプルが、意外と世の中に出回っている。 ホームページの代表あいさつ動画、YouTubeでの取材、SNSでのライブ配信など、会社の情報発信を頑張っている会社ほど、皮肉にも声のサンプルを集めやすくなっている面があります
IPA(情報処理推進機構)が毎年公表している「情報セキュリティ10大脅威」でも、社長や取引先になりすまして送金を指示する「ビジネスメール詐欺」は9年連続で組織向けの脅威に選ばれ続けています。同資料では、大企業への直接攻撃が難しくなる一方で、中小企業やその取引先を経由した攻撃が増えているとも指摘されており、中小企業は「攻撃対象そのもの」であると同時に、「取引先を狙うための踏み台」にもなり得る、という点が注意点として挙げられています。
つまり「小さい会社だから狙われない」のではなく、「小さい会社だからこそ、確認の仕組みが手薄になりがち」というのが実態に近いといえそうです。
明日からできる、実務的な対策
煽るだけでは意味がないので、ここからは今日・明日から取り組める対策を整理します。難しいシステム導入の前に、まずは「決めておくだけ」でできることから始めるのが現実的です。
送金・支払いに関する指示は、必ず「別の経路」で確認する
もっとも効果的なのは、金額の大小にかかわらず、送金や振込先変更の指示は、メールや電話だけで完結させず、別の手段でも確認するというルールを決めてしまうことです。
- 社長本人が指示したと思っても、普段使っている電話番号に自分からかけ直して確認する(かかってきた番号にそのまま折り返さない)
- チャットツールや対面など、指示が来た経路とは別の経路で「本当にその内容でよいか」を確認する
- 事前に、家族や社内だけで通じる合言葉・確認事項を決めておく
「社長に確認の電話をするなんて気が引ける」と感じるかもしれませんが、それが会社を守るための正式なルールだと最初から決めておけば、確認すること自体が「当たり前の業務」になります。
「今すぐ」「内密に」という指示ほど、一度立ち止まる
ニセ社長詐欺の多くは、「至急」「他言無用」「今日中に」といった言葉で判断を急がせてきます。緊急性や秘密性を強調された指示ほど、一度深呼吸をして、いつもの確認手順を踏むようにしましょう。本物の重要な指示であれば、確認の電話を一本入れる程度の時間で状況が変わることはまずありません。
「SNSで新しいグループを作って」と言われたら特に警戒する
警察庁が紹介している手口のように、「新しいプロジェクトのため」などと称してSNS上に新しいグループを作らせ、そこで送金指示を出すパターンが確認されています。心当たりのないグループ作成や招待を求められたら、その場で応じず、まずは社内の別の人に相談してください。
送金・承認のルールを、口頭ではなく「文書」にしておく
「怪しい指示が来たらこうする」という対応手順を、口頭の申し合わせではなく、簡単なものでよいので文書やメモとして残しておくことをおすすめします。担当者が1人しかいない会社でも、「一定額以上の送金は、必ずもう一人(家族や顧問税理士でも構いません)に一声かけてから実行する」といったルールを紙に書いておくだけで、いざという時の心理的なブレーキになります。
メールの「なりすまし」を技術的に防ぐ仕組みも検討する
今回取り上げたAI音声のなりすましとあわせて、社長や取引先のメールアドレスを装う「なりすましメール」も依然として主要な手口です。自社のホームページで使っているメールアドレスの送信ドメイン認証(SPF/DKIM/DMARCなど)が適切に設定されているかどうかも、この機会に確認しておくとよいでしょう。この部分は専門的な設定作業になるため、ホームページやシステムの管理を任せている制作会社・担当者に、一度確認を依頼してみることをおすすめします。
まとめ
- 社長になりすまして送金を指示する「ニセ社長詐欺」は、2026年に入ってから急増しており、2か月間で全国20億円超の被害が報告されています
- 声そのものをAIで複製する「音声クローン」の悪用も報告されており、わずか数秒〜十数秒の音声サンプルから、本人そっくりの声を作れる技術がすでに存在します
- 「うちは小さい会社だから関係ない」のではなく、意思決定者が少なく確認の仕組みが手薄になりがちな中小企業ほど、実は狙われやすい面があります
- 対策の基本は難しいシステム導入ではなく、「送金指示は別経路で確認する」「急かされたら一度立ち止まる」「ルールを文書にしておく」といった、今日から始められる運用の見直しです
StudioAKでは、ホームページ制作やシステム開発だけでなく、こうした情報発信・業務まわりの「うっかり」を減らすご相談もお受けしています。「うちの場合はどこから手をつければいいかわからない」という方は、お気軽にご相談ください。

